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最悪の音・・・最悪の文化無し・・大事なモノを見る力

お風呂に入りながら・・・新車のテスト走行のユーチューブ動画を見て居たら・・日本製のニッサンフェアレディ―Z(530〜650万円)の試乗動画が出て来た。感想は・・・

1,とにかく音が悪すぎる⇒そこらの酒を満載した酒屋の”2トントラックの音”と同じような音をしていた。Z432では無くても大昔のL20のZの方が遥かに軽やかな良い音をしていた。

総合性能も欧州の10年前の同価格の内燃機関のスポーツセダンより劣ります。テスラモデル3より遥かに劣る!!!⇒ニッサンの経営層の頭の中には10年放置のウジが湧いている!

正しい戦略は・・・アルピーヌA110Sのガチンコのスポーツカーしかない⇒それをZ432をオマージュしてストレート6で上記価格で作る⇒パワーウエイトレシオ3s以下⇒これなら爆売れする⇒私もノスタルジーで買うかも?

1972年フェアーレディーZ432⇒車両重量, 1,040kg. エンジン, S20型 ( 直6・4バルブ DOHC) 1,989cc. 最高出力, 118kW(160ps)/7,000rpm. 最大トルク, 177N・m(18.0kgf・m)/5,600rpm.

ただでさえ車がオワコンに向かう時代に、ニッサンが生き残る唯一の道は・・・現在の全てのプロダクトが”肥満ブタの商品イメージ”⇒を、”黒ヒョウのイメージ”に全て激変しなければ生き残れない。

もう56年も前にニッサンに吸収されたプロ中のプロ集団プリンス自動車工業の素晴らしいDNAは完全に消えていた。スカイラインGTRはプリンスの技術により製造可能となった。感性に響く素晴らしいサウンドと吹き上がりを響かせていた。・・・私も若き頃GTRに乗った事がある。その後日産車を乗り続けた。しかし、今のニッサンには私のハートは1oも響かない。

★プリンス自動車工業株式会社1947年に創立、以後変遷を経ながら1966年に日産自動車と合併する。

★第二次世界大戦後、航空機製造を禁じられた立川飛行機出身の、外山保、田中次郎ら技術者により、1947年に「東京電気自動車」の社名で発足。電気自動車製造からスタートしたメーカーであるが、1951年以降はガソリン自動車開発に転身

★元航空技術者を多く擁する技術開発重視の社風により、早くから先進技術を導入し、1960年代にはモータースポーツ界でも大いに活躍したが、1966年8月1日をもって日産自動車と合併した(日産自動車による実質的な吸収合併)

とにかく今の日本の全ての自動車メーカーの製品は音がメチャクチャ悪すぎる、なんでこんな音になるのと不思議でならない。もう車なんて走る機能だけの価値はたったの3万円、馬力とスピードの価値はたったの50万円なんて代物である。50万円の中古でも最高速は250`なんて余裕で可能な時代

じゃあ真の価値は・・価格の6割がマウント価値、後の3割が感性を響かせる価値、残りの1割が走る等その他価値・・日本車は新車の時点でもこの両方の評価がとても低い悲しい状態である。

★それに比べて、フェラーリの音は・・素晴らしい感性を喜ばしアドレナリンやドーパミンがガンガン出続ける様な音をしている。イタリア人は車を設計する時には先ずは音が第一優先順位で設計をする⇒耐久性など気にしない。

★ドイツ人は車のガッチリ感やスペックを第一として知的設計を始める⇒冷たい感じがする

★アメリカ人はとにかく体格がデカいのでデカい事が第一優先順位である。そして広大な国土のオフロード走行を第一とし荷物が山ほど積める事が重要とする。次に大排気量OHVのV8の低速のボロボロ、ボロボロ・・ドロドロドオドドドド〜〜バウゥ〜〜〜と云う圧力感の強い走行音が無ければアメリカでは車は売れない。

北米で売れる日本車は奥様のセカンドカーや貧困層にしか売れていない。

★フランス人はスタイリングとソフトな乗り味が第一優先順位である⇒性能など気にしない

★イギリス人は品格を第一義として車の設計をする⇒耐久性など殆ど思考の外

★★★日本人はそれなりに売れる車をまねるのだけど、コストの壁で適当な60点程度で妥協をして何をしたいのかが不明瞭の中途半端過ぎる設計(スポーツカーと称する豚車となる)となる⇒微細なクレームを極度に恐れる⇒存在感が薄くすぐに価値が無くなる⇒基本構造の手抜きの臭いがプンプン匂う様なクルマとなる。

注:だから社長が公言した本気のBEVの新車で発売直後タイヤが外れるリコールとなる。

たかだか稼働率5%で13年程度しか使わない消費財のクルマでも各国、民族の文化が強烈にその製造過程で色濃く反映されている。

当然平均80〜120年程度使われる欧米の住宅では・・・より文化の香りは色濃く反映されている。

しかるに・・今の日本の住宅(耐用年数30〜40年)では日本人の文化の香りは1oも感じられない。悲し過ぎる現実が目の前にある。だから築後20年で住宅の経済的価値は0円なんて事になる。
日本人を商業主義に洗脳して搾取を目的とした家作りが大企業を中心に戦後77年間続いている。

住宅はその民族の文化そのものである。・・・かつての日本はキチンと文化の香りを醸し出した住宅で有った。だから耐用年数も100年以上平気で有った。その文化のエッセンスを今の高気密、高断熱の性能と共に実現しなければ意味がない。

小生の住宅も豪邸でも何でもないが建築後27年が経過している、その存在感は1%も減少はして居ない。新築時のプレゼンスを経年が深みを加え、さらに増して居る存在感を放っている。

今となっては現在230万円のカローラより低性能の50年前のGTR(新車価格150万円)が未だに大人気(1000〜2000万円程度の現在値段)なのは・・・まさに・・・文化・・・ソフトの価値は風化しないと云う理由からである。同様の事が空冷のポルシェにも言えます。

日本人ももう商業主義から離脱して・・・スペック至上主義から離脱して、真の価値に付いて真剣に考え、真の意味のアップデートが不可欠と思う。

消費者と云うのは、マス層、基本大衆=あまり賢くない層・・・マーケティングからは真に価値あるイノベーションを起こす様な商品は生まれません。イノベーションやディスラプションは1人の天才の狂人的な拘りから何れも生まれています。

今まで全く想定もして居ない・・・ゼロから1を生み出す行為、・・・大衆に新しい価値に気付かせると云う事がとても大事です。会議からは真の価値など生まれるハズは無いのです。

そして魅力的な人間しか魅力的な商品は創造出来ないという歴史的なエビデンスが厳然と存在しています。その差はパッションの差です。金(=カイゼン)、金、金・・・なんて言っている人間に良い商品など作れるハズが有りません。

カイゼンを、日々唱えたり、ベクトルの・・・修正さぼる、衰退の今・・・まさに日本そのもの