商業主義の本質⇒ドーパミン中毒⇒自制心の破壊⇒貧乏化
日本人は何時までハツカネズミの廻り車の様に同じところをグルグル回り続けるのだろうね、芸能界もスポーツ界も全く同じメンツでグルグルグルグル・・いつか見た光景を垂れ流し続けている様である。当然、視聴率なんてモノは稼げない⇒基本、孤独なヒマジンとバカしかテレビは見ない。
それは私が若い頃車大好き時代を過ごし私も成長したらしく車なんてモノに全く興味が無くなったのに・・・ブランドメーカーがどんな新しい車を出しても全く興味が湧かない事に似て居るのかも知れない⇒マウンティング大好きバカしか新車なんて買わない。
クルマなんて基本生活の中で9割以上は不要だし、どうしてもっていう時の為に、安全で動けば基本何でも良い!⇒もう時代はニューノーマルに入ったのである。
テレビやスポーツそのモノに人は価値観が持てなくなっているのだから中身なんて本質を変えずに見掛けをどれだけいじくろうが全く興味無し・・と云う事だろう。
特に氷の上の石ころ転がして喜んでいるスポーツと称する暇つぶしは・・何の意味があるのか意味不明⇒同様に考えるとプロスポーツの殆どは意味が居ない⇒商業主義でその業界の人が人々の好奇心等を喚起して搾取するダケの目的で成立している⇒もっと実業として世の中の人びとに役に立てと言いたい。
俳優堺雅人(46)が主演のTBS系日曜劇場「半沢直樹」の44.1%なんて視聴率が取れる俳優が今のドラマをやっても最新ドラマ堺主演のドラマ『ダマせない男』が6.7%
テレビコマーシャルをやって居る企業の質を見れば明らかである、食品ファッション業界を除くマトモナ企業はもうTVコマーシャルなんてやって居ない。インチキ臭い通販のオヤジがやって居るダケである。しかもコマーシャルタイム3〜7分に宣伝企業が多い時は20社程度も入る⇒CMを激安にしないともうCMが取れない時代。
確かに明確に時代が変わったのだろう⇒既存メディアの価値の激減
メディアの中でもテレビの劣化がとんでもなく大きい、今テレビを見て居るのは基本高齢者、一日平均5時間との事、若者はザックリこの1/5程度の1時間が平均値である。10〜20代の約半数は平日全くテレビを見ないとの事、30代は1/3の人が平日全くテレビを見ない、年齢が高くなるに連れてテレビ視聴割合は増加をする60代以上は95%の人が平日テレビを見る。
しかし、テレビは基本コマーシャルで食って居るので・・テレビを見ない層だが、購買動機の強い若者向け(幼稚ごのみ)の番組が多い!毎日テレビを見ている高齢者でさえテレビは面白く感じていない。寂しさを紛らす暇つぶしのBGTVと云う事だろう。
オールドエコノミーからニューエコノミーへ・・オールドノーマルからニューノーマルへの移行がガンガン進みつつあるのだろう。
テレビなどのマスゴミに出ている人間の人間的な格が上がらないのだから、上げる努力をしていないのだから・・・年令を加えるたびに下品(年齢と低中身のギャップ)がより顕在化して来るという事なのでしょう。日本が日本人がドンドン、ドンドン下品に成り下がって居る様な光景を多見する事が本当に多くなった。
キム〇クを始めとする軽薄な商業主義から生み出された軽薄な若者が軽薄のまま同じマインドで演じている姿など・・もう3秒も見続ける事はとんでもない苦痛をもたらす。下品が鼻に付く!
道端にころがっている犬のウンコを見たり、公衆トイレに入ったら先客が流さないで立ち去り汚物が存在している便器の中を見てしまった時の・・・いやぁ〜〜〜〜な・・・気分になる。
賞味期限が切れて全く価値の存在が無くなった元○○選手?的な中身のカラッポな輩がコメンテーターと称して出て来る図などは・・普通の事を普通にオウム返しで云うしか頭脳が無くもうシュールで哀れでさえある⇒引退後も基本自分のやる事(新しい価値)を見つけて真剣な人はテレビなどで暇つぶししている時間が無い!
人は年齢と共に中身を成長させ続け格を上げ続けなければその存在理由は無くなる。
日本のブランド外食店の味にも同様な・・とにかく刺激や・・・見かけや、金をかけてのブランド化ばかりに経営者のマインドが移行⇒商業主義の行き過ぎが過ぎて・・・本物の味、感動が無くなってしまった事と同じような気がする⇒素材の本来持つ感動の味が感じられない。
ドーパミン中毒にする様な味しかしない。
人類の歴史の30万年の本質は・・それでも変化はしていない、今の世のたった30年や40年変化が人間と云う生き物には合わなくなり飽きられたのだろう・・人は基本7年で飽きる生き物である。知恵を使い変化や刺激を強くしても7年×3倍の21年で確実に飽きる。私も大好きだった前の車は全く問題なく動いたし新車並みにピカピカだったけど22年目に取り替えた。
人間関係にも同様の事が言えそうである。たとえ夫婦や親子であったとしても”とてつもない努力”無しでは永遠などとはあり得ない。
人間と云う生き物に取って不変であり不偏の価値は・・感動と感謝・・なのだろう。人間関係の進化は欲では無く共感から始まるとも言われている。
欲や刺激の人間関係は・・それより強い欲や刺激であっと云う間に寸断され終わりを迎える。
シンパシー(sympathy)は他人と感情を共有することをいい、エンパシー【empathy】は、他人と自分を同一視することなく、他人の心情をくむことをさす。
家族はシンパシーを中心にし、家族以外はエンパシーを中心として人間関係を構築すべきだろう。
真なる学びの最終目標は・・人間と云う生き物の本質理解と自分と云う生き物の本質理解・・なのだろう。
生きるとは学び続ける事であり、中身が進化し続ける事でもある!学べば学ぶほど選球眼が鍛えられどうでも良い事と大切な事の順番が明確になって来る⇒価値ある人間に成る為に高みに行く為には下位1/3は常に断捨離する事の連続となる。
変わり行く、時代方向、どちら向き・・・本質ズレて、我ぞ悩みぬ・・・ふー
学び行く、価値を求めて、コツコツと・・・前しか向かず、我を信ずる!⇒今できる最善を今の今!やりきる!