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理不尽が服を着て歩いている生き物⇒日本人

学問の中で一番大事な学問・・・歴史・・・それは人間と云う生き物の本質を学ぶ学問である。

実話「私は貝になりたい―あるBC級戦犯の叫び/加藤哲太郎」遺言全文

「房江、健一、直子、さよなら。お父さんは、もう2時間ほどで死んで行きます。お前達と別れ遠い遠い所へ行ってしまいます。もう一度会いたい。もう一度みんなと一緒に暮らしたい。許して貰えるなら手が一本、足が一本もげても、お前達と一緒に暮らしたい。…でも、でも、もうそれはできません。…せめて、せめて、生まれ変わる事が出来るのなら、せめて、せめて生まれ変わる事が出来るのなら、いいえ、お父さんは、生まれ変わっても、もう人間にはなりたくありません。人間なんて嫌だ。牛か馬の方がいい。いや、牛や馬なら、また人間に酷い目に合わされる。いっその事、だーれも知らない深ーい深ーい海の底。そうだ貝がいい。深い海の底だったら兵隊に取られる事もない。深い海の底なら戦争もない、兵隊もない、房江や健一、直子の事を心配する事もない。どうしても生まれ変わらなければ、いけないなら、私は貝になりたい…。」

戦後の平和論争を揺るがしたテレビ史上最大の話題作「私は貝になりたい」の1958年オリジナル版。フランキー堺主演の本作は、田舎の平凡な理髪店主人が、太平洋戦争で上司の命令で捕虜を刺殺したためにC級戦犯として処刑されるまでを描いた。昭和33年度(第13回)芸術祭において芸術祭賞(放送部門)を受賞。TBSに現存する最古の作品である。フランキーの迫真の演技が多くの視聴者の涙を誘い、絞首台の13階段を上り「私は貝になりたい」とつぶやくラストシーンでは日本中を感動の渦に巻き込んだ。(モノクロ作品)

【ストーリー】
地方の町の小さな理髪店主人・清水豊松(フランキー堺)は、第二次世界大戦の最中に召集され、上官から捕虜となったアメリカ軍の爆撃機搭乗員の処刑を命じられる。この命令に逆らうことが許されない豊松は、捕虜を銃剣で刺殺するしかなかった。戦後、故郷に帰り、再び家族とともに理髪店でバリカンを握った豊松が突然、戦犯として逮捕される。軍事裁判にかけられ豊松は上司に命令されたと訴えるが聞き入れてもらえず、下された判決は死刑だった。そして処刑の当日、絞首台の13階段を上る豊松は「今度生まれてくる時は貝になりたい…」とつぶやくのだった。

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アメリカにより裁かれ命を絶たれた加藤哲太郎。加藤が上司の捕虜殺害命令を拒否すれば上司により命を絶たれたであろう。理不尽とは?インパール作戦と云う無謀すぎる作戦を自分の過去の失敗をリベンジする為に我欲で遂行した・・参加人数、約10万人のうち、戦死者3万人、戦傷・戦病で後送された者2万人。残存兵力5万のうち半数以上も病気を罹患・・・作戦責任者の牟田口廉也・・はおとがめ無し、戦後校長までやり天寿を全うした。

インパール作戦より前のもっと悲惨なノモンハン事件の首謀者も同様に逃げ延びてしかも有力政治屋にまでなって居る。

日本人とはつくづく自ら反省や、総括が出来ない民族の様である。悪を平気で選ぶ悪党と言えるかも知れない。⇒社会の自浄作用の機能しない民族

大自然は大自然の自浄作用が有り大自然は維持、継続が可能なのである。如何なる社会もその自浄作用で機能している、人間の体でも全く同じ事が起きている。しかし、日本人の社会だけはこの作用が働かず、約80年毎に・・・バーンアウトしている。それでも生き残る悪党を許す不思議な民族である。

花よりも、貝になりたい、人知れず・・・砂に埋もれて、ただ息をする。

私も早くぽつんと1軒屋で・・・晴耕雨読、日本社会から離脱したモノです。ふー