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全く行動も実績も伴わない・・・改革・・・と云う言葉だけの50年

河野行革担当大臣がハンコ省略で行革をすると云う・・・ほんとかな?

日本の行政は、わざと複雑にして役人の数と仕事を自ら確保して居るきらいがあります。貴方もお役所でめんどくさい事言われた経験が有ると思います。毎年、毎年、同じ書類に役所に取っては解って居る事、住所氏名等々同じ事を何度も書かされた経験も有るでしょう。

そして今・・・

ハンコを無くせの大合唱、そしてサイン+ハンコから⇒サインだけ・・・これは何の進歩でもない。ハンコが有ろうが無かろうが本質は全く同じ「ハンコ問題」とは、実はハンコではなく「紙の問題」

ハンコの省略の本質は・・・⇒紙決済を無くすと云う事⇒全ての文章を電子化すると云う事なのです。

AIについての話は労働力や労働の質が本題ではありません。すべては、私たちがどこに価値を置くかによるという議論、自主性や相互関係、共有の価値観などを大切にするのであれば、AIは単に補助的知能です。整然として正確に機能する、良いものとなる。

もしも何か特定のスキルセットこそ、自分と切り離せないものだと考えているなら、AIは脅威となる 「この仕事のこの技術こそ、自分である」

注:スキルセットとは、職種や役職において仕事を果たす上で必要とされる知識や能力群を指す。

ビジネスパーソンとしてのコミュニケーション能力や論理的思考力といった基礎能力と、専門的スキルの組み合わせが求められるケースが一般的。 こういった知識や能力や組み合わせのことを特にスキルセットと呼ぶ。

プログラミングであれ、文章を書くことであれ、データ分析をすることであれ、何らかのスキルセットを重視している場合、ロボットは仕事を奪い去る敵となり、不安が生まれます

「自分の価値観をどこに置くか――それはスキルセットでいいのだろうか?」

「テクノロジーの発達は素晴らしいことですが、認知労働さえこなすGPT-3は脅威だ。今後、人間の仕事はAIやロボットに取って代わられるのではないかと危惧する人々

注:「GPT-3」(Generative Pre-Training3)まるで人間が書いたかのような文章を生成するAIツール

例えば、趣味として楽しみの為の、山登りにロボットは使わない。

山登りは、誰と競争することもなく、自分自身が登山道を自由に歩いて、その過程を楽しむもの

しかし、山登りの目的が仕事の場合、確実にロボットやドローンを使う。

人間が一人一人が全く異なる感じる事を生きる目的(感性の価値)の一つとしている以上、全てがAIに取って代わられる事は無い。しかし、大半の仕事の中の作業と云われるモノ(事務や経理や人事等々)は全部AIになる事もほぼ、ほぼ、間違いない。

これからの人間は感情労働が出来る能力(EQ、HQ、LQ)とそのスキル(感性+行動力)を持っているか?どうか?でその人の価値が決まる時代です。

世界の若者の中で日本人が一番苦手な労働が感情労働です。今の若者と接して居ると本当に心配になります。それは真心に真心で応えると云う事が理解できない人間の持つ本質が欠落して居る場面に・・・私は戸惑う事が多々あります。

人間が本来の人間として生きるのには日本はとても難しい国の様です。昨今の政治屋や高級官僚の仕業(悪事)を見て居ると・・・もう希望なんて持つ事自体日本で無理ですね・・・

さて、さて、大変な激変の時代に変化が大嫌いな日本人と云う民族はどうなるのでしょうかね???貴方はどう?思いますか??