学べ!学べ!学ぶ(IQ.EQ,HQ)を第一優先事項に出来ない人に未来は無い
今、私は人生の中で一番向学心に燃え、そして一番沢山学び抜いています。それは質量とも人生で最大の学びを実践しています。時々書物の山の前で疲れ果てて挫けそうになっても勇気を奮い起こして読み込んでいます。そして多くの日本のあちこちの学びの場に泊りがけで出かけています。
私にとって学びは人生の最大優先事項となっています。そして、その学びの英知を利他に生かすべく日々努力をしています。
学びの目的の一つに”未来を予知”する為の学びが有ります。時代に逆らい成功した人など一人も居ません、今、時代の大変換の時のまっただ中に居て多くのバズワードが聞かれます。
リチュウムイオン電池の発明者の一人で有り先のノーベル賞受賞者の吉野教授も以下の様に述べています。
研究者は、未来を読み解くための拠り所としてきたのがバズワードが生まれるような社会現象の裏にある“大きなヒント”を敏感に嗅ぎとることが絶対に必要だ
注:バズワード(英: buzzword)とは、日本語での意味は、もっともらしいけれど実際には定義や意味があいまいな用語のことで、英語では、特定の期間や分野の中でとても人気となった言葉のことである。 権威付けされたり、専門用語や印象付けるような技術用語。
今、如何にDT時代と云われて居ようとも、過去の統計やエビデンスや常識の範疇やそれらの延長線上の思考では未来に価値ある新技術や新製品や新サービスは見えないと云う事です。
まさに”無”から”有”を生み出す行為そのものだからです。その無から有を生み出す為のスキルを磨く学びを私は日々希求をしています。その為に一番大事な事は・・・”感性”を磨く事です。
感性は多くの価値ある真なる知恵や行動を利他心により実行した多くの実践的価値の結果がその感謝や感動の反射波として私の心の中の・・・感性・・・を磨き込んでくれています。
残念ながら日本人が戦後受け続けた教育はこの感性を全く重要視しない教育(数値的選別教育)が延々と続き・・・日本人の多くが感性微弱症候群を罹患してしまった結果として、今の日本の凋落があります。
卑近な例としては・・・
昨日ジムで運動後・・・大浴場に入って居ると一人のインテリ風の老人(75歳?)がバスタブの中で運動を始めました、湯船につかったままの自転車運動です。湯船は大きく波立ち私の体はその波の影響で大きく左右に揺れ、時折しぶきをかぶるほどです。超不快に感じましたが・・・じっと10分ほど我慢をしていました。その老人は平気なのです。他人様に迷惑をかけていることすら気付かないし気にもかけないのです。
最悪・・・こいつ確信犯?なんて怒りさえ湧いてきましたが・・・顔を見るととても自己陶酔顔をしているようです。
まさに自分さえ良ければ後は知らない、感性欠落病です。
こんなのばっかりです・・・日本社会は!!!
その他にも記憶に新しい今年4月の痛ましすぎる暴走事故
東京・池袋で19日、乗用車が暴走し、母子2人が死亡、男女8人が重軽傷を負った事故。車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(87)の身柄を警視庁が拘束(逮捕)していない
いわゆる”上級国民暴走”事故です。
この上級国民の人は事故後・・・救急車を呼ばずに息子(高級官僚)に電話をして助けを求めて居るのです。
これまた・・・感性欠落病ステージ4Bです。
日本国のかじ取りをしているリーダーの殆どはこの感性欠落病の重傷者ばかりが物事を取り仕切って居ます。悲しすぎる現実です。・・・ふー
その感性欠落病及びその予備軍、感性微弱症候群ばかりの日本と云う国
世界の思いやり(寛容度)ランキング世界92位・・・それが日本です。
国民一人当たりの困窮者等への寄付金(利他的行動の一つ)の額はアメリカの100分の1しかありません。先日、来店2回目の若夫婦にこの事実を告げると・・・びっくりしていました。
あのインチキポピュリズムの生み出したトラちゃんの国の100分の1以下
それが日本の実像です。
当然、幸せ度ランキングも年を重ねる事に下がり続け先進国ブッチギリサイテイの世界58位です。
そんなテイタラクな国の中でそれなりに幸せな人生を過ごそうと思うのなら・・・・人の何百倍も努力をして貴方の価値を高めるしか方法はありません。そして一番難しいのは・・・感受性、感性を維持できないと幸せ感を感じられないという事です。感受性や感性をそのままにスキルアップしたり知的な価値を高める事がどれほど難しいか!!!
ある問題(社会正義の実践・無辜の民数万人の救済)で・・・名古屋弁護士会に何度も、何度も電話をした時に、けんもほろろに扱われ落ち込んだ私に受付の事務員さんが私に投げかけてくれた言葉
”日本では勉強が出来れば出来るほど・人間が壊れて行く様ですよ!”
エリートの中で下職をする事務員さんならではの・・・言葉の正確性と重みを感じました。
つつがなく生を全うするという事は・・・この日本では”運”のみの様です。この運を高める意味でも真なる学びによる利他的な行動はとても重要です。共に学び抜きましょう。