CSの研究に行って来まぁ〜すぅ〜
顧客(お客様)満足度 CS(Customer Satisfaction)・・・永遠のテーマです。際限が有りません・・・命がある限り追求するテーマです。
答えは出ています。しかし、これが際限なく・・・コレでよいと云う到達点が無いのです。はるか彼方・・・
”お客様が真から望む、良いモノを、どこよりも安く”
この事以外にCSは有りません・・・結果として感動と云う領域に関係者全員が至る・・・これが本当に難しいノです。1人に感動してもらう事は、弊社の鍛錬のたまものとしてそんなに難しくありません、(他では超困難かも?)すでに40年近くをこの目標のために命がけで努力をして来ましたから・・・
しかし・・・一つのプロジェクトに関わる全員に感動してもらえる領域は・・・ほんと難しいと何時も何時も反省、反省、反省・・・の日々です。
お陰様で弊社はとてもハートフルなお客様に恵まれています。しかし、世の中には色々な人が居て、色々な価値感が有るわけですから・・・時折・・・猜疑心の固まりのような方に遭遇する事が有ります。
この不思議な出会いの人のコレまでの涙に怒りに失望に・・・深く、深く、深く、思いを馳せるとき・・・
ため息が・・・出てしまうことが多く有ります。フー
何故に?この方は猜疑心の固まりか???
生まれながらに猜疑心の固まりの人は存在しません、自分以外の人から(親兄弟も含めて)とんでも無い仕打ちを受けた結果と思うのです。・・・・・・・・・・・・痛さ、熱さ、嘆きが・・・染みついてしまっているのでしょう。
この猜疑心の発生源・・・それは損得(裏切りを含めて・・・)損ばっかりさせられた・・・
私も若い頃の過去の人生は・・・損ばっかりの人生だったかも知れません。
しかし、私は人生の半ばからは猜疑心の固まりで生きては居ません・・・この違いは、この違いの原因はどこに有るのか???
反省・・・なんですね
欺される方にも必ず落ち度や欺される状況、舞台が有ります。この落ち度等をキチンと反省をして自らの行動をキチンと変えたかどうか???ここが重要なのでは無いでしょうかね!!!
この反省と云う鍛錬を複数回こなすと・・・試練かもしれませんがコレをキチンと損得度外視して客観的に反省をすると・・・
もう・・・善なる魂と虚なる魂と(悪は顔を見ただけで即断可能)・・・その方の奥底に潜む本性が直ぐに解るようになります。
猜疑心の何時も何時も払拭出来ない方は・・・欺されないぞ!欺されないぞ!欺されないぞ!・・・と心の奥底で思いつつ生きて居ます。これを・・・
客観的な言葉に翻訳すると・・・私は損しないぞ、私は損しないぞ、私は損などしない!!!と・・・何時までも自分の損しない事、得しかしない信念で生きています。
そうすると・・・また・・・欺されちゃうのですね・・・
それは・・・中立的な言葉さえ・・・損に聞こえちゃいます。中立的な言葉や客観的なアドバイスさえ拒絶をします。ましてや善なる魂を持つ方からの思いやりや真心さえ・・・相手がやって当たり前!!自分が得して当たり前!!!ドンドン、この得して当たり前の強欲がはびこります。
よくしてくれて当たり前、他人様の善意など直ぐに忘れて・・・アレしろ、これしろ・・・フー
感謝が心の奥底まで届かないような人間、生きる価値感は欲しか無いのですね・・・
そうすると善なる魂を持つ方も・・・人間です。この猜疑心の方とは人間関係を続けるエネルギーが無くなります。自分の廻りから自分自身で善なる魂を追い払って居るのです。
廻りは・・・虚なる魂と悪なる魂しか居なくなります。
猜疑心の固まりの心が固いゲートを開けるのは・・・自分に都合が良い話し、自分の思っている話し・・・絶対に得をする話しか耳を傾けません。
絶対に得する話なんて・・・この世に無いのですけれども・・・
悪なる魂、虚なる魂は・・・この絶対に得する話、ヨイショする話で・・・猜疑心が払拭出来ない人を欺すのです。
当たり前と云えば当たり前です。
この事に早く気付かないと・・・自立した大人になれません。・・・・・私は80才でも自立出来ない人間を知って居ます.実に可哀相な人生ですね(涙・・・
この世に存在した意味さえなくなるような・・・虚の人生
反省が全てのスタートラインと思います。キチンと反省をすれば欺される臭いはぷんぷんかぎ分ける事が可能です。
日々反省・・・ほんと・・・日々反省です。そして反省が私をCSの勉強に駆り立てます。