何故?時間が無くなるのか?
ほんと・・・時間が・・・取れません。やりたいことは山ほど有るし、学びたいことは、これまた山ほどあります。
しかし・・・日々のやるべき?事に殆どの時間が取られ・・・希望する事が出来ないで居ます。フー
何故に現代社会は・・・こうも時間が無くなってしまうのか???フー
まさに生きる為にするべき事の殆どの分野で・・・大断捨離・・・をしないと・・・時・・・は生まれないようです。
さて、我が家の物の断捨離はある程度進みつつ有りますが・・・まだ、まだ、物の断捨離がしたくても断捨離するための時間が生まれないのです。
年末から年始の・・・我が家の大断捨離をへて思う事ですが・・・
物に支配される人生では本末転倒と云う事と思います。しかし、使わなくとも良いモノは何故か?側に置きたい不思議な感覚も有ります。
我が社及び私の仕事は・・・ちまたの建設、不動産業の仕事の仕方よりかなり、大幅と言って良いほど大断捨離がすでに完了して定着して居て、この私達の業界では・・・日本でも有数の本質のみの仕事しかしない企業と思います。
ちまたの業界や日本の国そのものが・・・無駄の固まりのような経済であり、人々の生き方であり・・・
非効率・・・の固まりのような国です。
その論証として・・・我が国の時間あたりの労働生産性は表面発表では世界20位前後ですが、サービス残業や有給休暇の取得率の低さ(これは無言のパワハラが原因)などなどを勘案すると世界40位くらいに低下します。
これは・・・明らかに労働後進国・・・と云わざるを得ません。
なぜ?こんなになっちゃうのか???
それは・・・この国の国民の正しい物の見方、正しい行動規範、正しい決断力・・・等々、人が生きて行く上で本当に必要な物や”事”等の価値感に問題が有り、正しい行動が出来ないで居る現実故で有るような気がします。
つまり、・・・後にも先にも・・・最終的には・・・人を創りあげる教育に問題有り・・・と云う帰結になります。
論証としては・・・現代の教育の現場では最前線の先生が・・・人を育て上げる・・・事への注力は推定1割程度しかエネルギーが掛けられない状態の様に思います。現場の先生の仕事と云われるモノの9割はどうでもよい事(人が立派に育つ事以外の事)をやっている様です。山ほどサービス残業をして・・・心身ともにヘトヘト・・・ヘトヘトが普通はイヤなので・・・ヘトヘトでない先生は・・・
見ざる、聞かざる、言わざる・・・の極意を使い・・・教育者の為の教育に(教育者が飯を食うためだけの教育)・・・成り下がってしまっています。
教育者の矜持の残る超稀少な先生は明らかな労働基準法違反です。そうでない空気感尊重の先生も学校経営と称するお題目で管理の為と膨大な無駄な書類を作らされて・・・これまた労働基準法違反状態です。
教育の理想・・・それは俺(先生本人)が飯を食い出世する事
だから虚の空気を読み・・・漂う・・・先生ばかりになりなってしまっています。
本音と建てまえが横行する我が日本・・・建前の空気感が支配する社会
私の様に何時も本音の男は・・・多くの場合”変人”扱いにされてしまいます。私は日本の虚の世界、無駄を生み出す空気感には殆ど支配されない人間ですから・・・仕事上は無駄の排除がトコトン可能になります。
しかし・・・何時も何時も考え続けて居るのは・・・
まだ、あらゆる局面に必ず無駄がある、どこかに有る・・・!!!そんな事を何時も思って居ます。
私は自分の意思で泳ぎ続きたい性格ですから・・・シンドクしか生きられないようです。無駄にこそゆとりが有ると人は云うようですが本当にそうでしょうか???
本来、ゆとりとは・・・自分がしたいことをしたいだけ時間が取れる・・・これを”ゆとり”と言うのでは無いでしょうか?
泳ぐことをやめ・・・漂う事を選択すれば・・・物事はとっても簡単で平和になるのですがね???
自ら考える事、感じる事をやめ・・・ちまたの空気感に漂えば・・・かりそめの平和?みかけの平和、その場主義的な虚の時が流れるだけの様な気がします。
野生の色濃く残る私には・・・”漂う”・・・選択こそ一番難しい決断ですね!!!死ぬまでに出来るかしら???
太公望!!!(笑)