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本が私を呼んでいる!

この所、メチャメチャ忙しいのを通り越してさらに忙しかったので・・・本が読めていません。通常本を読む時間(午前4時から午前7時頃)にお庭の草取りをしていました。フー

指先の関節が腱鞘炎を起こしそうです。(動かすと痛い)

この点から考えても広すぎる草の生える庭は誰もがなぜか忙しく時間の無い時代、現代的ではないのかも知れません。特にモスキート攻撃から身を守るアイテムやこの猛暑に庭に水をやる機器の設置計画も重要となります。ちなみに我が家は自動水やり機が2台設置して有り、庭中に自動散布の配管が整備されています。

是非とも外構計画には雑草止めの埋設シートやコンクリートや庭石、タイル等の配列を自分の草取り可能な時間とキチンとリンクさせる設計が重要な気がします。

さて本題、時間が無くて本が読めていません。目の前の本も読めていないのになぜか?本屋さんに出向いたら書棚の本がなぜか?輝き私を呼び止めます。一旦はその本の前を通り過ぎたのですが・・・Uターンしてその本を手にしてパラパラとめくり・・・目次を読むと・・・もう読みたくて読みたくて・・・そのとなりの本もパラパラと読むと・・・これまた面白そうです。同じ哲学者が書いた本ですが・・・レジに二冊も同時にもって行きました。

そして女性店員から値段を告げられた瞬間・・・予想より高くてビックリ・・・でも買っちゃいました。

私的なイベント事も山場をなんとかこなし無事終わりそうですから・・・時間が取れるようになり活字中毒の禁断症状も読み始めれば緩和されるとかすかに期待をしています。おおよそ500ページを一気読みでワクワクしています。

ちまたでは”ライン”が全盛を風びしているようです。通信手段が簡便になればなるほど・・・人間関係が不思議と壊れていくようです。なぜに多くの人は仲良しになるために始めた”ライン”で演じる人間関係を強要されるのか?演じるだけなら物理的実害はないかに見えますが・・・ところがどっこい・・・”こころが壊れる”・・・事になる恐れが大です。こころが壊れるだけなら狭義の意味では個人的問題かも知れませんが?16歳の小娘が殺し合う人間関係に発展する事例もつい最近報道されたばかりです。狭義の意味の個人的問題は大儀の意味では個人の集合体である社会、この社会を崩壊させる危険性をはらんでいます。

なぜか?

私達人間と言う生き物は・・・”感情の動物”・・・と云われる様に感情はかならず起伏が有ります。この起伏がキチンと何時も何時も相手に理解される訳では有りません。むしろ、この相手の感情の起伏に疲れてしまったり、合わせるために自分自身が自分を演じる、つまり本当の自分でない自分を強要される結果となると推定されます。

人間はフェイスツーフェイス、アイツーアイが一番です。

もちろん、リスクをキチンと理解しリスクコントロールを適正に行う精神的背景(意図的に使わない時間を設ける等、具体手にには電源を切る?)が有って便利なモノを使うのは全く問題無いと思います。

住宅でも某有名デザイナーのガラスばかりの家、は絶対に落ち着きません。壁が適度に無いととても不便ですし、やすらぎも有りません。この壁・・・見えない部分が必要なのです。

人間も・・・見えない部分・・・が安らぎを創ったり、ストレスを癒したり・・・リベンジのパワーをため込むことが出来る時間となると思います。

”他者を思う”と云う事・・・この思うと云うハートフルな時間が”感じる”と云う感性の能力を伸ばす下積みの時間になるような気がします。感じるとは瞬間です。瞬間の為の下積みの時間・・・この大切な時間を無くしてしまう。人間社会の進歩?と云う営利的行為

本を読み込む・・・知識だけでは殆ど意味が有りません、この知識を他者のために役立てる行為をハートフルな意識を持って行動する。そうすると必ず行動には結果が現れます。そしてその結果が感謝に満ちた笑顔の場合・・・この感謝を積み重ねる事により知識は自然と知識を持つ者の左脳から右脳に写りそして深層心理の中に深く、深く染み込んでいく・・・そうすると”人格”が進歩lし意図しなくてもおのずと行動が先に出てくるような気がします。

人は人に依ってしか磨かれない!!!そのきっかけを頂けるのが過去の英知や現代のプロの書いた”活字”の様な気がします。