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湊(みなと)

昔から・・・人生を航海に例えるケースが良くあります。結婚式のスピーチの定番ですね?最近は定番過ぎて無視されるかも???(笑)
私は趣味で小舟で釣りをします。いつも、いつも、出航の瞬間がとても好きです。朝靄の中を大海原に向けて小さな小さな小舟で挑戦を開始します。身震いがいたします。この瞬間が好きで釣りをしているのかもしれません。その他、漁港巡りも大好きです、朝靄の中を小さな漁船が出漁する瞬間、遠洋船がゆっくりゆっくりと出漁で湊を出て行く瞬間・・・・もう、感動の嵐です。まなこがウルウルときてしまいます。

しかし、どんな人にも感性の差があります。私のように大海原への出航を水杯をして出陣した神風の精神のごとく捕らえて居る人から・・・・チョット横町のタバコやへ的に何も考えず何も準備せずに出航してしまう人も居ます。

私は”家”をまさしく人生の”湊”(みなと)と思っています。時には事故や故障で傷ついた船を再生させる所であり、大自然の猛威たるシケから自分の船や仲間の船をお互いに助け合い守るところであり、黒潮の恵みを仲間と慶びと共に分かち合う場でも有ります。その湊に集う人々はかたい絆(きずな)で結びついています。きずなを強く強く結びつけているのは”出航””帰還の喜び””お互いへの感謝”が有るからで有ります。

今、ちまたでは帰る湊は有って体は帰るのですが・・・こころは帰らない、癒されない、再生しない、そんな湊ばかりと見受けられます。湊を創る人々も真剣にそこに集う一そう、一そうに心血を注いであらゆる局面を考え抜いて創る人も居れば・・・・そこに集う人の事なんか考えたフリだけして金儲け中心で手間ひまかけずにチョコチョイのチョイとばかりにそこに集う人々の”こころ”なんてなにも考えずに・・???張りぼて湊がとても多い様な気がします。

私がジーンと来て必ず神様に祈る”出航”でさえ横町のタバコやへ行く感覚の人が居る現実が有ります。世の中いろいろな人が居ます。私は大海原の本当の怖さを知っています。私は人生の本当の悲しみを知っています。