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官製の談合!ぼったくり!を大応援する不思議な人

最近、お米村の高値維持で価格を高く吊り上げJAや問屋が仕込んだお米の在庫が余りだし、2027年6月末の民間在庫は236〜266万tとかつてない水準に膨れ上がることが予測され、損切り覚悟で問屋の連中が放出し始めた様ですが、それでもまだ、お米村の締め付けが強く高値の維持に必死の様ですね!\4,139/5s (2026/03/16)店頭平均価格です。

何時迄 村社会温存の護送船団方式で生活苦 6割以上の日本人を苦しめるのですかね!!!日本人は何故にそんなリーダーを大応援するのかね?実に不思議です。ふぅ〜

狂った人間の狂った戦争で石油製品価格が爆上がりしているのに・不思議な狂人ばかりの世の中!ふぅ〜

日本農業「自滅」の深層:私たちが信じ込む「おいしいお米」の不都合な真実 日本に住んでいると、私たちは「日本の農産物は世界一だ」「四季があるから美味しいものが作れる」という言葉をごく自然に信じて疑いません。

スーパーに並ぶ 5kgで4,000円、4,500円と高値維持を続けるお米に対しても、「物価高だから仕方ない」「農家さんを守るためなら」と、どこか美徳のような気持ちで財布の紐を緩めています。しかし、一歩外の世界に目を向けてみましょう。

私たちが「伝統」や「安心」という言葉で包み隠しているその裏側で、日本の農業は、経済の合理性を無視した「構造的な自滅」へと突き進んでいます。生産者も含めて全ての人が不幸になる、私たちが無意識に避けてきた「お米の価格」と「農業のあり方」について、世界第 2位の農業製品輸出大国オランダと比較しながら、優しく、しかし冷徹な事実を紐解いていきたいと思います。

九州ほどの小国オランダが、なぜ世界を席巻しているのか「日本は国土が狭いから、大規模な農業は無理だ」そんな言い訳を、私たちは何度も耳にしてきました。しかし、事実は異なります。日本の約10分の1という限られた面積しかないオランダは、米国に次ぐ世界第2位の農産物輸出額を誇る「アグリビジネスの覇者」です。

対して日本は、恵まれた気候と高い技術を持ちながら、生産性においてオランダに絶望的なまでの大差をつけられています。なぜこれほどの差が出るのでしょうか。それは技術の差ではなく、農業に対する「定義」の差です。

オランダ: 農業は「稼ぐための冷徹なビジネス」である。日本: 農業は「農業村の維持や自滅民党の票田の維持や農家老人福祉のための伝統」である。オランダの農家は「栽培者」である前に、一人のCEO(経営者)です。利益が出ないなら撤退し、収益の高い分野へ大胆に投資します。彼らは「土地が狭い」という制約を、土を使わない「養液栽培」や高度な温室管理のIT化やAI化やロボット化によって克服し、農業を24時間365日稼働する「工場モデル」へと昇華させました。

一方、日本の農業は、戦後の農地改革以来、細分化されたパッチワークのような土地に縛られ続けています。さらに、最新のデータ共有(オランダのフードバレーのような仕組み)ではなく、個々の「職人の勘」というブラックボックスに頼り切っているため、国全体の競争力に繋がっていないのです。

簡単に言えば、日本の九州程度の広さしか無いオランダは農業を日本の自動車産業以上の莫大な利益を生む産業にしたプロ集団!方や日本の農業は国民に高値(米以外でやったらぼったくり商売と言われる事は確実)で買わせる依存型の農業・・アマチュア集団以下

「世界一!ブッチギリ高いお米」を買い続ける私たちの現在地 2025年から2026年にかけての予測データを見ると、日本のコメがいかに国際市場から切り離された「異次元の高価格」であるかが浮き彫りになります。

主要国のコメ小売価格比較(5kgあたり/2025-2026年予測)

国名   販売価格(小売) 備考

インド  約300円 〜 500円  世界最大の輸出国。圧倒的低コスト。
ベトナム 約350円 〜 550円  3期作による高効率生産。
タイ   約400円 〜 600円  高品質な香り米も格安。
アメリカ 約800円 〜 1,500円 機械効率が極めて高い。
日本   約4000円 〜 4,500円 世界最高値圏。

一部のスーパーでは外国米とブレンドして価格を下げて3000円台の米も出て居る様でも有りますが・・

日本の政治屋の根本問題解決の放置:驚くべきことに、インドやタイでの「販売価格」よりも、日本の「作るための原価」の方が5倍以上も高いのです。日本のコメは、国際的な競争の土俵にすら上がっていません。観客席から試合を眺めているだけの状態なのです。

さらに深刻なのは、日本国内で血の滲むような努力をしている大規模プロ農家(15ha以上)の存在です。彼らは小規模農家よりも3〜4割もコストを抑えていますが、それでも原価は5kgあたり800円〜1,100円ほどかかります。

つまり、日本のトッププロが限界まで切り詰めたコストが、アメリカや中国のスーパーで売られている「小売価格」よりも高いという、絶望的な構造の中に私たちはいるのです。

なぜ原価「5kgで2,811円」という異常な原価が生まれるのか! 現在、日本の農業界では「お米5kgあたりの原価が2,811円」という指標が出されています。ここで最も恐ろしいのは、この2,811円には「農家の利益」が1円も含まれていないという事実です。

なぜ、利益なしでこれほど高くなってしまうのでしょうか。そこには4つの「病理」が隠されています。

「弱者基準」の護送船団方式: 日本の農政は、1〜2ha程度の小さな兼業農家でも食べていけるコストを基準に価格を考えます。これが、効率的な大規模農家の足を引っ張る結果となっています。

ガラパゴスな農機具: 日本の小さな田んぼに合わせた「高機能・小型・高価格」な機械をJA(農協)経由で買う仕組みが、コストを跳ね上げています。

減反政策という「ゾンビの延命」: 作る量を制限して無理やり価格を維持してきたため、「効率化してたくさん作ろう」という健全な野心が奪われてしまいました。

多層構造と物流: JA、全農、卸、小売……と5階層にも及ぶ中間マージンに、近年の物流コスト高騰が直撃しています。利益抜きの原価が2,800円なら、スーパーで4,000円を超えるのは当然です。もはやお米は「主食」ではなく、一部の「贅沢品」になりつつあります。

高い米を文句も言わずに買い続ける「日本人の不思議」

客観的に見れば、これほど高コストな産業を維持し、高い代金を支払い続けるのは「愚か」と言わざるを得ないかもしれません。しかし、なぜ私たちはこれを受け入れてしまうのでしょうか。

そこには日本特有の深層心理があります。「聖域」としての信仰: 日本人にとって稲作は単なる農業ではなく、皇室の祭祀や神話と結びついた「宗教」に近いため、高い米代を「美しい風景を守るための税金」として受け入れてしまっています。

トラウマと恐怖: 1993年の「平成の米騒動」の記憶が、「高くても国産があればいい」という過剰な安心料の支払いを正当化させています。

1億総農家意識: 「親戚に農家がいるから」「田舎を応援したいから」という情緒的な理由で、地方への富の再配分を無批判に肯定してしまっているのです。しかし、この「優しさ」こそが、実は農業を殺しています。「1,000円で作れるプロ」の成長を阻み、「原価で3,000円かかる素人」を守り続ける。 この不自然な優しさが、結果として日本農業全体の首を絞めているのです。

メンタリティの壁:私たちが克服すべき「心の呪縛」技術はある。土地も集約すればいい。それでも動けないのは、現場に根強い「精神的な壁」があるからです。

「苦労=美徳」という呪い: 楽に稼ぐことを悪とし、汗水垂らして貧しく耐える姿こそが正しいという「清貧の思想」が、イノベーションを阻んでいます。
1.そして自滅民党の票田を減らさない為に農家の数の多さが必要=大規模化阻止・・小規模維持が票田となる。そんな自滅民党が日本人は大好き!なんですから・・もう救いようが無いですね!貴方はどう思いますか?

ムラ社会の同調圧力: 「隣の農家を出し抜いて大規模化する」ことを恐れ、みんなで等しく衰退することを選んでしまう「村八分」の恐怖がいまだに生きています。

損失回避と土地への執着: 土地を資産ではなく「先祖からの預かりもの」と考えるため、合理的な集約ができず、細分化されたまま固定されています。

エピローグ:農業を「守るべき文化」から「攻めるべき産業」へ私たちは今、大きな分岐点に立っています。「日本のお米は特別だから」という幻想にすがり、世界一高いお米!しかもブッチギリ高い!を買い続け、最後は国内の消費者からも見放されてパンや麺に取って代わられる道。

それとも、農業を「守るべき文化」という甘えから解き放ち、世界で戦える「攻めるべき産業」として再定義する道か。真の食料安全保障とは、補助金で延命することではありません。「1,000円で作れるプロ」が正当に利益を出し、海外へ向けて安価に、かつ大量に輸出できる力をつけることです。

日本の素晴らしいお米を次世代に、そして世界に残すために。私たちがまずすべきことは、「高いお米を買い続けること」を美徳とするのをやめ、この不条理な構造に対して「なぜ?」と問い直すことから始まるのではないでしょうかね。貴方はどう思いますか?

動画も見てね!

https://youtu.be/uSclab0M7wk