時代変化無視の自業自得の民が強烈な痛みを感じる年2026
2026年、日本は「すべてが変わったことに気づかないまま、取り残される」
「2026年にはすべてが変わる」と言われると、多くの日本人はこう思うでしょう。「また大げさな話だ」「日本は日本なりにやってきた」「急がなくても大丈夫だ」と。
しかし、恐ろしいのは「変わること」ではありません。すでに変わってしまった世界に、日本だけが“気づかないまま”生き続けることです。
AI時代(今)2026年末のエマージェントアビリティー越えの爆発進化⇒AGI(2027〜2028年)⇒ASI(2029〜2035年)時代を考えれば、約20年前より色濃くなり始めたハードからソフトの時代への移行。自動車を始めとするハードの価値の時代は5〜10年以内に終わる事が容易に推定可能ですね。
実は、変化の時代はもう終わっています。世界は今、「変わり続ける競争」から、「変わらないことを前提に最適化する段階」に入っています。ところが日本では、いまだに「変化が怖い」「前例がない」「検討を重ねる」という呪文が唱えられ続けています。これは慎重なのではなく、単なる思考停止への慣れです。
■ 資本主義は「時間差=発展差」を食べてきた
近代資本主義とは何だったのか。それは一言で言えば、「時間差による搾取」でした。
・先に工業化した国が、遅れた国に大量生産品を売る
・先に資本を持った者が、後発に金を貸して利を得る
・先に流行を作った側が、価値判断できない相手に高値で売り抜ける
すべて、「先に行った者」が、「遅れた者」から利益を得る仕組みです。
欧州が世界を支配できたのも、アメリカが覇権を握れたのも、「正義」や「優秀さ」ではありません。
ただ単に、先に動き、先に攻め、先に仕組みを作ったからです。そして日本も、かつてはその「周縁の恩恵」を受ける側でした。戦場にならず、技術を学び、輸出で稼ぎ、「追いつく側」として成功しました。
しかし――。
■ 世界から「外部=遅れたエリア」が消えた⇒IT⇒AI時代はリープフロッグが簡単に可能になる!
国別では無く時代にキャッチアップ出来ない時代遅れ人が先行者に搾取さえる時代が既に到来している。
21世紀の決定的な変化は、「外部=遅れたエリア」が消えたことです。インターネットにより、情報の差は消えました。AIにより、知識や思考の差すら急速に縮まっています。学歴無用説まで信ぴょう性を持ち始めました。もはや「知らない人にだけ高く売る」ことはできません!本当の馬鹿は例外だがバカは金が無いので、そもそも買えないしAIヒューマノイド時代には無用になる人間です。「目新しさ」で驚かせる時間も、ほぼ存在しません。
つまり、資本主義が食べてきた“時間差”そのものが消えたのです。
これは革命ではありません。静かで、不可逆で、しかし確実な終焉です。悲しいかな日本は未だに国家丸ごと時代遅れエリアのガラパゴス!
■ 先行者利得が巨大なAIは資本主義を壊すが、日本は自分で壊れる
AIは確かに、資本主義の前提を壊します。しかし日本の場合、AIが危険なのではありません。AIを「使わない理由」を探し続ける社会のほうが、はるかに危険です。
・責任の所在が曖昧になるから
・前例がないから
・法整備が追いついていないから
こうした言葉は、一見まっとうに聞こえます。しかし実態は、「考えないための言い訳」に過ぎません。世界がAIで“思考のコスト”を下げている間、日本は「検討の会議」を増やし、「報告書」を積み上げています。これは慎重なのではなく、問題先送りへの悪慣れです。
■ 日本社会の本当の病は「順応力」
日本人は我慢強いと言われます。しかし、今やそれは美徳ではなく、危険な適応能力です。
・給料が上がらなくても慣れる
・社会保障が削られても慣れる
・技術で遅れても「日本らしさ」で納得する
こうして私たちは、「悪」を少しずつ許容し、「おかしい」と感じる感覚そのものを失ってきました。ブラックジョークのようですが、日本人は「ゆでガエル」になる才能だけは世界一かもしれません。
■ 2026年は「滅びる年」ではない
誤解しないでください。2026年は、人類が滅びる年ではありません。ただ、「差で儲ける世界」が完全に終わったことに、否応なく気づかされる年です。そしてそのとき、「変わらないこと」を美徳にしてきた社会は、最も大きな”痛み”を伴って現実と向き合うことになります。
日本が危険なのは、衰退しているからではありません。衰退に慣れ、それを正常だと思い始めているからです。変化の時代は終わりました。これからは、「現実を直視できる社会」と「見ないふりを続ける社会」が分かれるだけです。
2026年。それは「すべてが変わる年」ではなく、「すでに変わっていたことに、言い訳できなくなる年」⇒変化の痛みを実感として感じる年となるのです。
本ブログで何年も前からお知らせし続けて来た事を、痛みをもって実感できる年の初めの年となります。今後、日本人には過酷な時代が続きます。
私は、あけまして・・”おめでとう”・・なんて言葉は死んでも使えません。あけまして、本年もよろしくね、共に学び抜きましょう。ですね!