古典に学ぶ・・・
古典に学ぶと云う事はとても大切な知恵を授けてくれる。歴史は人間の本質を理解⇒正しい判断が出来る基礎の基礎、人が生きていくうえでとても大切な学問でもある。しかし、この2つの学問は日本では確実にないがしろにされて居る。
科学技術の進歩によりロボットやITやAIが出来る事は基本だけ解れば・・後はこれらが出来ない人間にしか出来ない学問の追求に変更しなければ意味がない。人間が計算力でプログラムに勝つ事など意味がない⇒しかし、変化が大嫌いな今の教育屋は延々と150年前の教育をやり続けて居る。
日本の大衰退の主因⇒時代遅れの価値の無い教育
「他山の石」は,中国最古の詩集「詩経・しきょう」にある故事「他山の石以もって玉を攻(おさむ)べし」に由来する言葉。
「よその山から出た粗悪な石も自分の宝石を磨くのに利用できる]⇒「他人のつまらぬ言行も自分の人格を育てる助けとなる」という意味。
このように正しく理解できている人が日本人には残念ながら約3割しか居ません。
「他山の石」は,他人の誤った言行やつまらない出来事でもそれを参考にしてよく用いれば,自分の修養の助けとなるという意味。⇒「目上の人の言行や手本となる言行」の意味には本来用いない
似た言葉として,「人のふり見て我がふり直せ」
「我以外皆我師也(われ、いがい、みなわがしなり)」宮本武蔵に語らせた言葉。・・・「自分以外のものはすべて私の師である」という意味で、すべての人、自然などあらゆる事に対して謙虚に学ぶ姿勢が大切である。常に謙虚な心持で生活をすることで人はより磨かれていくという教え。
『論語』に「賢(けん)を見ては、斉(ひと)しからんことを思い、不賢(ふけん)を見ては、内に自ら省みるなり」という教え。
賢い人を見れば、自分も「同じようになりたい」「なれるように努力しよう」と思い、賢くない人を見たら、自分にも同じような部分がないかを反省しなくてはならないという意味。賢い人を見たとき、自分より優れた人に接した時「自分もああいうふうになりたい」と思った瞬間から、人は確実に成長をはじめている!
しかし、日本人の間違った平等教育により日本人は自分に近しい自分より優れた人を見ると妬み、やっかみ、対抗心を燃やして、卑下しようと思う心を裏表で使うようになってしまう。
真に学ぶという事は・・・素直さと謙虚さと感謝が無いと成し得ない事なのですね!
我欲の対局に有る境地・・なかなか到達できない事ですが、日々反省をしながら日々内観し、総括しながら自分自身を自分で鍛え続ける克己心が重要なのでしょう。戦う相手は何処まで行っても自分自身の弱い心、邪悪な心なのです。
不思議な事に・・・山の登り口の下からは山の頂上は理解できません、山の頂上からなら下は手に取る様に見えるようになります。普通の人は賢人の何たるか?は理解できないのです。だから、何時も、何時も謙虚で素直でないと・・・”賢人は凡人に手を差し伸べてはくれません”。自分の師匠となる様な人は、出会う事も見つける事も出来ないのです。
歴史上で成功した人や、現世でも成功したと云われている人にか例外なく”師”の存在が在ります。師の居ない人はどれだけ学んでもどれだけ努力をしても成功はしないと云う事でも有ります。
わが師在り、我の価値有、今の今・・・有りがたきかな、出会いの感謝
貴方にわが師と呼べる人は存在して居ますか?そしてその師との日々の人間関係は濃密ですか?
日本の大衰退の主因は・・・日本の間違った時代遅れの教育がもたらす、間違った平等主義です。自然界の生き物の社会で平等などと云う価値観は有りません。
そもそも、生まれも、努力も、脳力も、やる事も、影響力も、そもそも器も大小、全く違うのにどこから平等などと云う価値観が生まれるのですか???そんな事も判らない人間が成功などするはずが有りません。
平等とは・・この世の存在・・・と云う意味での平等です。犬も、猫、石ころも、水も、ウジ虫も貴方がこの世に同様に存在している同じ平等と云う意味での平等です。
日本国憲法でも”人民は法の元の平等”を高らかに宣言していますが???⇒現実そのようになって居ますか???よくよく考えて見て下さい⇒法さえも権力者が恣意的に運用をしている目の前の現実があります。国家が組織ぐるみで権力者の脱法を隠蔽している現実をキチンと見ましょう。
権力者が法律で罰せられる場合は・・・権力者同士の争いや、利害関係が対立した場合だけです。
そもそも、人間と云う生き物は過去30万年の間、権力=法律・・・だった生き物です。法律とは権力が平民を支配する為だけに存在するモノです。法の効力は上から下への一方通行ダケなのです。裁判所も明らかに権力者には非常に甘い判決が出る。
今の今でも・・天皇が仮に殺人を犯したとしても・・・日本には天皇を裁ける法律が無い。
私はこの事実を良いとか?悪いとか?言っているのではない、良いも悪いも包含して正しい理解と正しい理解による正しい立脚点に立つ事が重要だと言っているダケである。
古典はまさに人間社会の心理と真理を教えてくれるとても大切な学問である。
古(いにしえ)の、知力に学ぶ、今の世は・・・愚人跋扈(ばっこ)の、性悪社会
ただ、ただ、生きる事さえ苦しい社会、人が高確率で壊れて行く社会、しかし、殺し合う社会に行く道だけは防がなければならないと思うのですが・・・
シューちゃん3期目、5年後までに台湾併合宣言?・・・また、また、血の池地獄が来そうな近未来ですね!