鹿を馬だ!!あのカラスは白い!ヒラメ族には全員そう見える
バカの語源の考察・・・中国の昔の話です。
秦の始皇帝が中国全土を統一、始皇帝の権威高揚の為国土巡遊開始、5度目の巡遊中に急死した。
始皇帝の後継を巡り、始皇帝に厚遇されていた宦官の”趙高”は自身が教育係として仕えていた末の皇子・胡亥を次の皇帝として即位させるために、丞相である李斯と共謀して皇太子を自死に追い込み、一族を粛清しました。
注;丞相(じょうしょう)は、古代中国の戦国時代以降の王朝で、君主を補佐した最高位の官吏
2世皇帝となった胡亥は、荘厳な宮殿の建築を再開し、全土から人民を徴用、さらに胡亥は軍備増強の為、農民を酷使し重税を課した結果、各地で反乱多発
”趙高”は反乱を2世皇帝、胡亥に内緒、乱鎮圧の旗色が悪化し”趙高”は責任を丞相である李斯になすりつけ、一族まとめて粛清し、自身は丞相の位にまで登り詰める。
”趙高”は丞相の上を狙い野心は増長し、秦の国を乗っ取るクーデーターを計画。”趙高”は誰が自分の味方になるか見分ける為に一計を案じる。
秦の「丞相”趙高”・・鹿を馬と云って二世皇帝胡亥に献じた。
趙高『陛下、今日は珍しい馬を連れてきました』
皇帝「これは鹿ではないか」
趙高『馬であろう?』
ある家臣『馬です』ある家臣『鹿です』
”趙高”は正直に「鹿」と答えた者たちを自分に仇なすとして、あらぬ罪をかぶせて処刑。鹿と言った家臣は皆殺しにされ、秦国内では誰も”趙高”には逆らわない事となり・・・そして秦はやがて滅んだ。
権力者が自身の権威を盾に、「鹿」を「馬」と言わせるような矛盾を無理やり押し通すことを、転じて道理・常識からはずれていることを「馬鹿」と言う!
これが史記にある馬鹿の語源である!
権力者に都合の悪い事は改ざんし、改ざんした事も悪い事もすぐに忘れちゃう東京大学卒が山ほど居る国!!!それとズブズブのマスゴミが山ほど居る腐りきった国!!!ヒラメばっかりの上にならえ!!!
欲に生きる人々の・・・醜い姿・・・キリストさんが2000年前に言っているんですけどね・・・・人はパン(欲)のみに生きるにあらず!!!
なにやらこの醜さ貴方と私、共通の身近な国の出来事と”全く同じ”気がします。・・ふー