世の”常識”のうさん臭さ!
何時の世も・・・世間の当たり前と云う”常識”と呼ばれる考え方、行動のあり方が有りました。
歴史を少し人間学的、自然の摂理を基本に読み解くと・・・この”常識”の愚かさや、危険性に気付きます。この時代の常識が成立する背景に付いて、少し深く考察すると大きくは2つの組織の我欲に伴うミスリードを発見します。
何時の時代の”常識”も為政者の我欲や愚かさにより事の発端が有り、そしてそれをマスゴミがこれまた我欲(発行部数や視聴率)数百倍に、その毒性を高めている歴史的事実を発見します。
この様な悲しい発見の例は本当に沢山、沢山有ります。私の叔父は昔零戦乗りであり、特攻隊員でも有りました、生き残った叔父の証言と世の特攻隊のマスゴミが作り上げた物語とは天と地ほどの差がありました。もちろん、特攻隊員と云えども色々な人が居るわけですから全てを1つの価値感や事例として決めつける訳には行きませんが・・・人間と云う生き物を実直にみて、その判断をすると叔父の証言の方が私には真実として感じられました。
生きた証人も・・・なぜか?美談にしてしまう。責任転嫁出来る人のみがマスゴミに利用され表に出てくる!
この国には真のジャーナリストは皆無と思って居る私ですが・・・歴史的事実を記載した色々な文章を読み込むと・・・その行間にのみ真実が浮かんでくるような気がします。
今思うと・・・あり得ない事、鬼畜の所行・・・この事がかつては”常識”だったんですね・・・
(私の言葉にピンと来ない人は2013年9月22日(日曜日)、日本経済新聞13面を参照して下さい)
そう思うと私達の生きている現代の”常識”がはたしてどうなんだ?と云う思いに駆られます。そして、その常識とやらを歴史的な人間と云う生き物の検証により”常識”の真理について深く、深く掘り下げる衝動にかられます。
まさしく今の時代の・・・憲法の解釈も色々なしがらみから解放された後生の人が判断したら・・・・・・非常識きわまりないモノになるかも知れません。
私は何時も大自然、大宇宙の原理原則を主体としてなるべく俯瞰して、前提条件を排除して思考するように心がけて居ます。そうすると・・・アレ???????だらけです。
そうすると・・・まちがいなく・・・・私は・・・”変人”・・・あるいは”危険分子”・・・と烙印をおされてしまうのかも知れません。正直・・・私の精神的疲れの中の大部分が・・・このアレ?と自分との整合性を取る努力が占めてしまいます。
何故か?ダメだと解って居て・・・そこに突っ込ませる世の”常識”
数日前、某講演会を終えたテレビや官邸に呼ばれる日本的な経済ジャーナリストとじっくりディベートをする機会が有りました、・・・・・・・・・フー・・・この程度の思考がこの国を動かす影響力を持つのか???
私の指摘に対して・・・おっしゃる通り、ごもっとも・・・しか言わないのだから、そして私の指摘のひとかけらも講演で述べていないのだから・・・一番大事なことをスポイルして居る現実
なぜか?
一番大事なことは、この国の”常識”を間違いと認める事で有り、この国、この国民、この国のマスゴミ、既得権者・・・総称して為政者へのタブー、不都合な真実だからです。彼も我が身大事と云う事の様です。
今、あなたの常識・・・・・本当に大丈夫ですか?
あなたの優先順位・・・・本当に大丈夫ですか?
常識なんてクソ食らえ!!!だ!!!私は私の心のままに行動する!