言葉 kotoba ・・・そして深さ
最近、音を消してテレビを見ることが多くなりました。映像でほぼ80%は瞬間的に理解出来ます。テレビ番組の構成上、1つのネタを約10分〜20分ほどあれこれと言葉やグラフやいい加減なコメン低ターとやらの意見をおりまぜ・・・80%以上の時間が無意味な引き延ばし番組を、殆どの放送局が流し続けて居ます。そしてどの地上デジタルテレビ局も結局殆ど同じネタ(私の感想ですと99%同じネタ)です。
つまり1時間番組としてコマーシャルが約15分程度有りますから・・・残りの45分はダラダラ、45分を理解する為に本当に必要な時間は9分程度と云う事になります。36分は実にもったいない時間と云う事になります。一日に平均4時間テレビを見るとして人間は一生の内テレビの前に居る時間は124100時間となります。この内、真に伝えたい事を伝える時間は18,615時間、無駄な時間は105,485時間
人々の一日の内、自分の自由に使える時間はだいたい4時間程度ですから26,371日の無駄となります。人が一生の内生きる事が可能な日数は31,025日(85年)ですから、この計算から云えば人々は一生の内72年間もテレビを見ることで好きな事が出来る人生や生きる慶びを感じられる可能性を無駄にしている計算になります。
例えば、あなたにとって北海道で起きた物損交通事故や、好きでもないタレントのゴシップを知ると知らないとで人生に何か?影響が有りますか?
そろそろ”テレビの本質”に気付いたらどうですか?
無音でテレビを見ると・・・制作者の意図が丸わかりです。
テレビ局は金儲けしか興味は有りませんから?制作会社はその殆どが下請け、孫請け、ひい孫受けがピンはねされて超低予算で番組制作をして居る現実から番組の作り込みが出来ず番組の価値や深さと云えば、小学生の”学芸会”レベル以下の様な気がします。
つまり、テレビの真の目的はコマーシャルを何度も何度も流し視聴者を洗脳してスポンサーの為に商品を買わせるための目的でほぼ99%が出来ているようです。当然と云えば当然です。
こんな低俗なテレビにあなたの人生の84.7%も無駄にされないように”自分の頭で考えましょう”
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人間は言葉を持った故に”迷い””だまされ””真実を見誤り”多くの過ちを犯します。言葉は確かに便利です。とっても便利です。しかし、言葉には実は深さが重要で・・・上滑りの言葉と・・・真心のこもった深さの有る言葉との差が解らない人々が増えて居るような気がします。
言葉が便利で使いやすい故に・・・動物としての”感じる心”感性を微弱にしている現実も有ります。
かつては哲学が有り、宗教が有り、倫理観が有り、美学が有り、優しさ、相互扶助が有ったが故に言葉に或る一定の深さが自然と要求され、言葉に深さと責任を持ち皆が身につけ使っていました。(犯罪者を除く)
しかし、今、教育が壊れ、政治が壊れ、宗教が壊れ、人としての価値感が変わり、モラルハザードが起き、虚の人生を何も考えずに(考える能力を教育されない現代)浪費している、そんな人々が溢れて居ます。
昨日の嘘つきが明日を語り、嘘つきと知りそれを多くの人々が信任する世の中
これらの嘘つきの言葉の軽さたるや・・・もう・・・目を覆うばかりです。
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テレビの映像が一瞬で80%が理解出来ると同様に、人も、その行動を見れば一瞬でその80%が理解出来ます。
絶対に嘘を云わないと誓い嘘を云うのが人間です。正確には嘘を付かないと生きて行けない現実が有るのかも知れません。嘘には”欺す嘘”と”守る嘘”が有るような気がします。
何でも言葉で片付けようとする”あなた”それで本当に良いのですか?言葉は本当に大切な事を伝えるにはあまりにも深さが足りません。言葉では無い祈り、そしてその祈りを感じ取る感性・・・この深さの絆には、言葉はあまりにも軽すぎます。
無償の愛には・・・言葉はあまりにも適切では有りません。
澄み渡った深い、深い、”まなこ”をした優しい心からの祈り・・・”君看よ、双眼の色、語らざれば、憂い無きに似たり”
そして・・・澄み切った眼の人の祈りは・・・言葉では無く慈愛の行動を伴います。まさに、親子の絆は言葉なんかでは構築出来ません。親が子にかける”無償の愛”
子は育てたように育つ生きモノですね・・・・・・・。